「2分の1成人式」雑感 | ネットタイガー

「2分の1成人式」雑感

先日、息子の通う小学校で「2分の1成人式」が催されました。「2分の1成人式」とは

成人の2分の1の年齢である10歳(プレティーン)を迎えたことを記念して行われる日本の行事・儀式

2分の1成人式 – Wikipediaより)

だそうで。私が小学生の頃にはなかった行事ですが、ここ数年その名称をよく耳にするようになりました。

行事内容はおそらく学校によって違うと思うのですが、息子の小学校では

  • 証書授与
  • 楽器演奏
  • 感謝のメッセージ(親への)
  • 合唱

というようなことをしたそうです。参観形式なので保護者も参加できます。我が家からは妻が参加しました。

息子と妻、二人に「どうやった?」と感想を聞いたところ、二人ともたいへん感動したそうです。子どもたちは半数以上が涙し、保護者も結構泣いていたようで。息子も妻も感極まって涙を流したとのこと。うーん、さぞかし雰囲気があったんでしょうね。しかしみんな、純やなぁ。夜に息子の書いた文章を読ませてもらいましたが、なかなか上手に書けていました。うん、これなら立派なブロガーになれるで(笑)。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

いろんな意見もある

我が家にとってはなかなか良い思い出となったそんな「2分の1成人式」ですが、比較的歴史の浅い行事、いろんな意見もあります。

小学校で「2分の1成人式」が大流行している。そこではしばしば,子から親へ「感謝の手紙」が手渡される。家庭での虐待に深く傷ついている子どもがいるとき、かれらはいったいどこに逃げればよいというのだろうか。

こちらは2015年1月の内田良氏(名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授)の意見。内田氏は「感謝の強制」というイベントの中身に警鐘を鳴らします。

私たちが家族をただ素朴に美化し、子どもにそれを強制するとき、家庭で傷を負った子どもは、きっと私たちから離れていくことだろう。

学校、特に公立小学校ではいろんな環境の子どもがいるでしょう。確かに感謝、感謝では息苦しさを感じる場合があるやもしれません。

私は「2分の1成人式」については賛成でも反対でもない、あってもなくてもいいじゃないか、という立場です。が、もし開催するのであれば「感謝」よりは「未来」に目を向けたイベントであって欲しいな、と思います。確かに「10年間の成長」に対して感謝という概念が発生するのは理解できます(※私が子どもに「感謝しろ」と思っているわけではありません。念のため)。しかしそれよりも「10歳」という節目を迎えた子どもたちが次の成長に向かって気持ちを新たにする、未来に目を向ける、そんな「2分の1成人式」であって欲しいな、と。あくまでも「やるのなら」という話ではありますけどね。

まずは親がしっかり

だがしかし、感謝を受けるのであればまずは親がそれにふさわしい人間でなければいけませんね。自らを振り返ると…いやー、まだまだだわ!(笑)もっと頑張らないといかんです。別に子どもから感謝されなくても仕方ありませんが、最低限の努めは果たさにゃいけませんね。ガンバロウ。

それにしても

「にぶんのいちせいじんしき」という語感がどうにもなじめません。もっとスマートな名称にならんもんですかね。以上、「2分の1成人式」雑感でした。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする